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10GW北海道の旅その9(下川鉱山跡を訪れる) [北海道地方の旅行記]

前回の続きです。音威子府駅を出て引き続き国道40号線を進みます。
音威子府村から美深町へ入りしばらく進むと道の駅びふかに到着します。

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↑非常に規模の大きい道の駅で多くのお客さんが来ていました。
ここの名物はくりじゃがを使ったコロッケです。お昼をとったばかりですが
男爵とキタアカリの2個を購入。車に戻ってとても美味しくいただきました。
ここは温泉もあるので美深町の観光拠点として機能していますね。

更にしばらく走ると美深町の市街地に入るので美深駅によっていきます。
かつては日本一の赤字線と呼ばれた国鉄美幸線が分岐していました。
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↑美深駅駅舎。ここまで予定より早いペースで進んでいます。
続いては名寄市内、旧風連町の道の駅ですがここは3月末にできたばかりの
美深ICから名寄バイパスを使ってみます。当然のころながらナビには登録されておらず
智恵文ICまではナビ上は道のないところを進みます。
信号がないので時間短縮にはなったのでしょうが途中から前が詰まったので
それほどではなかったかもしれません。まあいいや。
そして道の駅もち米の里なよろに到着です。

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↑道の駅もち米の里なよろの駅舎。ここの物販スペースが今回訪問した道の駅で
一番賑わっていました。その理由は18種類もあるもち米を使ったソフト大福です。
非常に美味しそうでしたがあいにくそばとコロッケを食べて間もないため
お腹一杯のためパスします。後ここはカントリーサインマグネットが売り切れていたので
また来た時にソフト大福をいただくとします。

更に国道40号線を進みます。士別市街を抜け、剣淵町に。国道沿いに
国道40号で最後の道の駅となる絵本の里けんぶちに到着します。
10北海道 166.jpg
↑道の駅絵本の里けんぶち駅舎。焼きたてパンのコーナーが目立ちましたね。
何か食べようかとも思いましたがやはりまだお腹が・・・

さて、ここまでずっと南下してきましたが、ここから北東方向に向かって
オホーツク海側で残っている道の駅をつぶしにいきます。
まずは下川町市街地にナビの目的地を設定し道道やら農道やらを進みます。
剣淵町から士別市、名寄市と戻ります。そして・・・
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↑名寄市から・・・

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↑下川町へ入ります。カントリーサインにも描かれていますが下川町には万里の長城が
あります。これは人々の手で石を積み上げたもので中国公認らしい。

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↑こんな感じ。時間の関係上じっくり見て回れず。
本当は時間があったのですがもっと気になるところがあったのです。
それは道道354号、ペンケ下川停車場線。これもホームページで見て
感銘を受けたので時間があれば訪問しようと思っていました。

この道道354号線、起点付近に下川鉱山の跡地があります。
下川鉱山は戦時期から三菱の手によって開発された鉱山で銅の産出量で
日本第三位となった時期があり、鉱山周辺には2500人の人が住んでいました。
しかし銅の貿易自由化や海外からの輸入、採掘コストの増加などにより
1983年に休山。現在は廃液処理施設が残る他は全くの無人地帯となっています。
昨年軍艦島を訪れたときにも感じましたが、これらの施設は今でこそ廃墟となっていますが
かつては人々の生活があり、戦後の日本の経済成長を担った一翼でした。
その雰囲気を少しでも感じたいという理由でこういった鉱山の跡を訪れています。

ということでこの道道、最初はこれまで走ってきた他の道と大差ありませんが
途中から無人地帯に入り、山の中へ分け入っていく感じです。

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↑途中にあった道道標識。かなり年季が入っています。「ペ」の部分が
書き直されているようですね。

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↑途中はこんな道。かつて交通量がそれなりにあった頃は追い越し禁止だったのでしょう。
このあたりで一台の車とすれ違いました。おそらく奥の鉱山施設から帰る人の車でしょう。
向こうは無人地帯に入ってくる車があったので驚いたのでしょうか。
最も自分みたいなことをする人間は他にもいるのでまた来たかぐらいの気持ちかも。

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↑鉱山施設の跡でしょうか。

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↑現在の鉱山施設。鉱山閉山後も有害物質が流出するためその水を
処理する施設は稼働し続けます。

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↑道道を跨ぐ鉱山施設。どうやらトロッコ軌道のようです。
そして新下川と呼ばれた旧市街地に入ります。住宅等は完全に撤去されていますが・・・

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↑無人地帯に残る横断歩道。かつて集落があったことの証明です。
ここからほどなくして見えてくるのが・・・

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↑町立菱光小学校跡。鉱山の休山は1983年ですがこの学校は
1991年閉校だそうなのでその頃までは集落が残っていたのでしょうか。
この校舎、建て替えて2年で閉校になったそうです。もったいない・・・

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↑校舎に隣接して体育館も残っています。なお隣接して残っていた幼稚園は
崩壊が激しかったため撤去されました。

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↑小学校の先にある、2本目の横断歩道。

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↑そして3本目の横断歩道。この辺りの両側にも住宅があったのでしょう。

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↑ほどなくして舗装が終了し道は二手に分かれます。
左手奥にも住宅が立ち並んでいたようですね。まさに栄枯盛衰。
なお、この右手には・・・

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↑さびてはいますが、何とか文字が読み取れます。
古い道道標識のようです。この形は今ではほぼ見ることができないようで
貴重なもののようです。無人地帯に放置されたという感じでしょうか。

ということでもう少し時間があれば道から少し入って鉱山施設を探そうかとも
思ったんですが時間もなかったのでこれにて探索終了とします。
この地で暮らした方々にとっていつまでも思い出の場所として残り続けて欲しいものです。
来た道をそのまま折り返していきます。

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↑帰り道の途中。そういえばこの表示ももう過去のものですね。

ということで歴史の移り変わりを感じさせる下川鉱山訪問でした。
興味のある方は検索サイトで下川鉱山で検索すれば色々と出てくると思います。
さて時刻は午後5時前。本日の宿泊地まであと少し・・・
ラストスパートです。続きはまた次回。


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タピオカ鈴木

いいね!今度行ってみたい。
by タピオカ鈴木 (2011-02-14 09:16) 

我がふる里菱光小中学校^^

私「男」は。32年生まれで小学校4年まで住んでいました。父が炭鉱人で定年退職で関西の方へ引っ越ししてきました。父は他界しましたが1度も下川町に行くことが出来ず夢がかないませんでしたが私は絶対にいきます 我がふる里へ。。。。噂ではゴーストタウンになってしまった、、、と聞いてますが
誰か詳しい説明して頂けませんか、、文章を書いているなか 涙がでてきました 行きたい 行きたい 行きたい 街が無くなっていてもいい、ゴーストタウンでもいい 行きたい
by 我がふる里菱光小中学校^^ (2016-06-23 10:40) 

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